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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1019号 判決 1967年3月01日

当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人等は、「原判決を取り消す。被控訴人等の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人等は控訴棄却の判決を求めた。<以下―省略>

理由

被控訴人等が昭和三三年八月当時いずれも原判決添付別表記載のとおり、東京都内の公立学校の教員であつて、その給与が市町村立学校職員給与負担法第一条により、控訴人の負担とすることと定められており、昭和三三年七月までは毎月一一日に、同年八月からは毎月一二日に控訴人から被控訴人等に対し、その月分給与の支払がなされることと定められていたことは当事者間に争がなく、控訴人が被控訴人等に対し昭和三三年八月一二日同月分の給与を支払うに際し、被控訴人等の給与から前記別表請求金額欄記載の各金額を減額して支払つたこともまた、当事者間に争がない。

そこで、次に控訴人主張の抗弁について考えるのに、被控訴人等が東京都教育委員会からあらかじめ平常どおり勤務するように命じられていたにも拘らず、控訴人主張のように平常勤務日である昭和三三年四月二三日に欠勤したことは被控訴人等において争わないところであり、被控訴人等は右欠勤につき都教育委員会の承認を得ていたことをなんら主張立証しないから、右承認はなかつたものと認めるほかない。そうして控訴人は、被控訴人等の右無断欠勤の事実に基づき、「学校職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二九日東京都条例第六八号)」第一六条第一項、第二〇条の規定により、右欠勤分の給与である前記別表請求金額欄記載の各金員を、昭和三三年八月分の給与から減額し、その残額を被控訴人等に支払つたものである旨主張するので、右減額の適否について判断する。<中略>

そうして以上に述べたところを本件について見るのに、被控訴人等が都教育委員会の承認を得ずに欠勤したのが昭和三三年四月二三日であり、被控訴人等に対する同月分の給与の支給日が同月一一日であつたことは前記のとおりであるから、同月分の給与は既に支払済であり、従つて右過払給与の減額をなし得べき最初の機会は、同年五月一一日の五月分の給与支払の際である。しかし控訴人はその際右減額をなさず、同年八月一二日の八月分の給与支払の際本件減額をなしたのであるから、右減額は前述したところから明らかなとおり、不適法なものといわざるを得ない。

仮りにこの点を一歩譲つて、減額事由発生後最初に到来した機会に減額をなすことが社会通念上不可能であると認められるような特別の事情があり、しかもそのことが客観的にも明白であるような場合には、その後に到来する減額が可能となつた最初の機会に減額をすることが許されるとしても、その要件の審査に当つては、特に厳重な態度を以て臨むべきことは、既に述べたところから明らかであろう。

ところで控訴人は本件減額を昭和三三年八月一二日以前にはなし得なかつた旨主張し、これは右に述べたような意味での特別な事情が存在したとの趣旨の主張に解し得るので、この点について判断するのに、<証拠略>を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち本件減額の原因となつている昭和三三年四月二三日における被控訴人等の欠勤は、東京都教職員組合傘下の教職員の勤務評定反対闘争の一環である一斉休暇闘争として行われたものであつて、その参加人員も一、三〇〇校を超える学校にまたがる約三〇、〇〇〇名の多数にのぼつた。ところで都教育委員会としては、これを事前に防止しようとして、都教育委員会教育長名義により、都区立学校長宛教職員の指導監督に意を注ぐとともに、もし万一教職員に職務放棄等の行為があつた場合にはその氏名、事情等を直ちに報告すべき旨通牒を発していた。しかし結局右一斉休暇闘争は実施され、各学校長より同年四月末頃までに都教育委員会に対し、文書ないし電話連絡等の方法により各校長の所属教職員に対する事前の指導の方法、内容、当日の児童、生徒の登校状況、授業の状況、教職員の出勤の状況等に関する報告がなされ、その結果前記のとおり多数の教員が、当日都教育委員会の承認を受けることなく欠勤した事実が判明するに至つた。しかしこのような事態は初めての経験で不慣れだつたことであるし、また短時日の間に徴した報告であつたためもあつて、右報告の形式にも不統一の点があるのみならず、その内容もやや正確さを欠く嫌いがあつた。

一方都教育委員会としては、無断欠勤に対する給与減額あるいは違法行為に対する徴戒処分等の措置を講ずる基礎資料とするため、右の報告を徴したのであるが、その目的のためには当然統一的かつ正確なものであることを要すると考え、前記報告では未だ不十分であるとし、都教育庁人事部職員課職員係主事八名をして、前記報告事項につきさらに正確かつ詳細な調査をさせることとした。ところで右職員係主事八名は、人事管理につき平常三班に分れてそれぞれ担当地区を定め、各担当地区の資料を持ち寄つて全体会議にかけたうえ、これをまとめる建前となつていた。そこで本件においてもこの建前に従い、前記各学校長からの報告提出直後から下調査を開始した。そうして五月上旬頃さらに詳細かつ正確な再調査をなしたうえ、大体一週間程度の期間内に報告すべき旨を各学校長に指示し、同月中旬頃右再報告が提出された後にはこれを第一回の報告と照合し、不明の部分については電話連絡等の方法による調査を行う等していた。そうして本件調査については当初昭和三三年五月中に完了することを目途とし、各区教育委員会の指導室長、各市教育委員会の人事担当課長、西、南、北の三多摩郡、大島、三宅、八丈の各島嶼に設けられている都教育庁出張所の副所長等の協力のもとに、調査をなした。しかし前記のとおり一斉休暇闘争に参加した教職員が広範囲の学校にわたり、かつ多数にのぼつたこと、また当日各学校においてかなりの混乱が生じ、各学校長において教職員の勤務状況を正確に把握することが、必ずしも容易とはいえなかつたこと等の事情もあり、一方調査を担当した職員係主事には、その本来の担当事務として同年三月末日に行われた都下公立小、中学校、高等学校等の教職員の定期人事異動に伴う事後調整的な人事事務、同じく学校長、校務主任、高等学校定時制主事の補充異動人事事務、突発的な学校事故の処理事務等があり、その処理と平行して本件調査事務を行つた関係もあつて、本件調査は思うように進捗しなかつた。そうして同年五月中には書類に基づく調査、確認を一応終えたにとどまり、六月に入つてから職員係主事等が各担当区域に出かけて必要な点についての現地調査を行い、同月下旬頃このようにしてまとめた調査結果を各区市町村の担当者に連絡して、その確認を得たうえ改めて報告書を提出させることとした。そうして各区市町村から右報告書が提出されたのは六月末頃であり、これを点検のうえ七月一〇日頃に漸く調査が完了するに至つた。そこで同月二四日都教育委員会教育長本島寛名義を以て、各区市教育委員会教育長及び教育庁出張所長宛、同年四月二三日に校長の許可なく欠勤した者に対し、給与の減額をなすべき旨通牒を発し、これに基づき該当者に対しては右減額すべき金員を返納すべきこと、もし返納がなければ八月分の給与から差し引くことが通知されたが、期日までに返納がなかつたので、八月分の給与から本件減額がなされるに至つた。なお都教育委員会は前記調査結果に基づき、教職員七六名に対する停職、四一名に対する減給、一六五名に対する戒告の各懲戒処分、二四、七六四名に対する文書訓告の措置をとることを同年七月一六日議決している。以上の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。

以上認定の事実によつて考えるのに、まず都教育委員会が昭和三三年四月二三日の一斉欠勤に関する調査事務を、都教育庁人事部職員課職員係主事等に担当させ、右主事等を主体として調査を行わしめたこと自体については、別段違法の点は存在しない。都教育委員会としては、教職員の適正な人事管理をなす観点から必要な調査をなし得ることはもちろんであるし、また給与減額事務に限定して考えてみても、後記のとおり管内教職員の給与の減額認定権が各市市教育委員会に委任され、あるいは都教育庁各出張所長の専決するところと定められているにしても都教育委員会としては一般的な指揮監督権を有することもちろんであるから(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二七条参照)、給与減額事務に関して必要な調査につき指揮監督し、適当な助言ないし指導をすることは、なんら非難を受ける筋合ではないというべきである。しかしながらこのことと、給与減額に必要な調査が職員係主事を主体としなければ不可能であつたか否か、あるいは職員係主事を主体とすることによつて調査が遅延した場合に、これを正当化することができるか否かとは、おのずから全く別個の問題である。本来給与の減額認定権は「東京都教育委員会の権限委任に関する規則(昭和三一年一二月二七日東京都教育委員会規則第一九号)」第三条の規定により、区市教育委員会に委任されており、また「東京都教育庁出張所設置等に関する規則(昭和三二年五月二八日東京都教育委員会規則第二三号)」第七条第一項第一〇号の規定により、都教育庁各出張所長の専決するところとなつているのである(この点については当事者間に争がないものと認める)。そうして本件におけるように、教育委員会の承認を得ないで勤務しなかつたことに基づく給与の減額について明らかにすべき事項は、勤務を欠いた教職員の氏名と勤務を欠いた時間数及び右勤務を欠いた点についての教育委員会の承認の有無に尽きるのであつて、いずれも裁量の入る余地のない事項である。ところでこれらの点については、校務を掌り教職員を直接監督する立場にある校長(学校教育法第二八条第三項、第四〇条参照)が、最も正確かつ迅速にこれを把握し得る立場にあり、通常の場合においては職員係主事が主体となつて調査しなければ明らかにし得ない事項であるとは考えられない。本件における一斉休暇闘争の参加者の範囲が広範でかつ多数にのぼつており、当日における各教職員の勤務の態様が一様でなかつたとしても、ことをその実態の把握という点に限るならば、結論に差異が生ずるものとは思われず、その他職員係主事を主体として行わなければ、本件調査が不可能であつたというような事実を認めさせるに十分な証拠は存在しない。または控訴人は、本件調査は懲戒処分等の事後措置のために必要な資料をも得る目的でなされたのであり、従つてこのためには全体的な視野に立つて実態を統一的に把握することを必要とし、かつその方面の高度の知識を要するとともに秘密にわたる事項でもあるため、特に職員係主事をして担当せしめた旨主張する。しかし本来本件におけるような給与の減額は、ノーワーク・ノーペイの原則上当然のことであつて、その要件も前記のとおり比較的簡明な事項であり、理論上裁量の入る余地もないのに反し、懲戒処分あるいは将来の人事管理に必要な資料に供するとすれば、給与減額についてとはまた別個の観点からの調査も必要となる場合も考えられる。しかしながら給与減額について必要な資料と、懲戒処分ないし人事管理について必要な資料とを同時に得るように調査を行なわなければならぬ特段の必要がある場合はともかく、本件においてはこのような特段の必要があつたことを認めるべき証拠は存在しないから、控訴人主張のような事由を以て、本件給与減額に関する調査を職員係主事をしてなさしめなければならなかつた理由とすることはできないし、またそのための調査の遅延を正当化する根拠とすることもできないといわなければならない。むしろ前記のとおり本件におけるような給与の過払を原因とする減額は、減額事由が発生した当該月の給与から減額をなすことが社会通念上不可能な場合に、かつ給与の過払があつた後最初に到来した減額をなし得べき機会に限つてこれをなし得ることを原則する趣旨から考えれば、右減額は能う限り迅速になすべきであり、従つて減額をなすにつき調査を必要とする場合においては、能う限り迅速にこれを完了し得るような方法によるべきものといえよう。そうして職員係主事を主体として調査を行わしめることが、右のような趣旨に合致するものと認めさせるに、足りる証拠は存在しない。もつとも<証拠略>によれば、本件減額に関する調査においては、昭和三三年四月二三日の一斉休暇闘争に際し、各校長は登校した児童、生徒の取扱に忙殺されたため、当日の状況の把握が必ずしも容易ではなかつたこと、欠勤した者のほかに遅刻あるいは早退等した者もあり、また出勤の意思で登校したが校門等において他から説得されたり、または阻止されたり等したため結局校内に入れなかつた者もあつたこと、反面登校したが公務につかず組合の仕事に従事した者もあつたこと、また前日以来引き続いて欠勤していた者等について欠勤の事由が必ずしも明らかでない事例もあつたこと等が認められるけれども、右各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、このような調査自体の困難さが調査の完了を遅延させた主たる原因ではなく、むしろ前記認定のとおり職員係主事等が右調査以外の異動人事事務その他の担当事務処理に忙殺されていたことが、遅延の主たる原因であると認めることができる。この事実は、職員係主事を主体として本件調査を行わしめたことが、妥当だつたとは認められないとの前記認定の正当さを裏づけるものであるばかりでなく、仮りに職員係主事をして調査を行わしめたのが妥当な措置であつたとしても、右のような事由が調査の遅延を正当化する根拠とならないことはいうまでもない。

そうして通常の給与支払の事務手続が、控訴人主張のとおりであることは当事間に争がなく、右主張によれば、各小中学校において各人別の給与の支給額を明らかにした支出仕訳書を作成し、所管の各区市教育委員会ないし都教育庁各出張所長宛提出するのは、各給与支払日の七日ないし一〇日位前までというのであるが、前記認定の事実によれば、昭和三三年五月分の給与から減額をなすための事務手続上必要な期限までに、右減額についての調査を完了することが、客観的に不可能であつたと認めることはできず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。従つて昭和三三年八月一二日以前には本件減額をなし得なかつたことを以て本件減額が適法であるとする控訴人の主張は、既にこの点において失当であり採用に値しない。

最後に控訴人は、本件減額が労働基準法第二四条第一項本文に違背するとしても、右は法令である前記「学校職員の給与に関する条例」第一六条第一項に基づいてなされたのであるから、労働基準法第二四条第一項但書所定の法令に別段の定がある場合に該当し、適法である旨主張するので、この点について判断する。前記条例第一六条第一項は、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき教育委員会の承認のあつた場合を除くほか、その勤務しない一時間につき、第二十条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額して給与を支給する。」旨規定しているが、右規定は給与の減額をなし得る場合と、減額の計算方法とを定めたものであつて、減額事由が発生した月の翌月以降の給与から減額することまで特に許容する趣旨を明示していないことは、その文言から明らかである。従つて右規定は、減額事由が発生した当額月の給与から減額をなす場合及び前記判示のとおりその後の月の給与から減額することが例外的に許容される場合に適用されるべきものであつて、控訴人主張のように、減額事由の発生した月と合理的なものとして許される程度に接着した期間内の減額を、一般的に許容した趣旨の規定と解することはできない。本件におけるように減額事由の発生前にその月の給与が支払われている場合にも、原則としてその後到来する減額をなし得べき最初の減額をなし得ると解すべきことは既に判示したとおりであり、従つて同規定は控訴人主張のような趣旨に解釈しなくても、決して不能を強いる規定ではないし、また適用される場合が考えられない死文といえないことも自明である。もちろん控訴人主張のような趣旨に解釈した方が、使用者にとつて便宜であろうことは間違ないが、前掲労働基準法第二四条第一項本文所定の全額払の原則の趣旨を考えれば、同項但書所定の例外の場合は厳格に解釈するのが妥当であるから、控訴人主張のような趣旨であることが規定の文言上明示されていない本件のような場合に、安易に拡張解釈することは慎しむべきである。使用者としてはもしどうしても必要があるならば、当時としては、労働基準法第二四条第一項但書所定の労働者側との協定による適用除外の方法によればよかつたのであつて、かかる方法をとらない使用者に対してまで、前記のような拡張解釈によつてその便宜をはかる必要は存しない。なお、控訴人主張の人事院指令の存在が、右判示の見解を左右する根拠となり得ないものであることは、前述のとおりである。

以上に述べたとおり、控訴人において被控訴人等の昭和三三年八月分の給与から本件減額をなしたのは、労働基準法第二四条第一項に違法な行為というほかないから、被控訴人等は控訴人に対し、右八月分給与債権の未払分として減額された原判決添付別表請求金額欄記載の各金額の債権を有するものというべきである。よつて被控訴人等より控訴人に対し、右各金員及びこれに対する支払期限後である昭和三三年八月一三日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、その理由があるから正当としてこれを認容すべきである。よつてこれと同旨の原判決は結局相当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(満田文彦 中川哲男 藤田耕三)

別紙  当事者目録

控訴人東京都

右代表者東京都知事東龍太郎

右指定代理人三谷清(外四名)

右訴訟代理人被控訴人等の住所及び氏名吉原歓吉

住所<略>氏名梶野禮次郎(外一三一名)

右被控訴人等訴訟代理人佐伯静治(外九名)

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